その16 東京オリンピック 1964
大変ご無沙汰してしまいました。梅雨明けが遅く大雨による災害もある中で新型コロナウイルス感染者の増加が止まりません。本当なら今頃は東京オリンピック、パラリンピックの開催で日本中が熱くなっていたはずでした。今回は病気の話から少し離れて前回1964年の東京オリンピックの話など。
年がばれてしまいますが私は当時6歳でした。私の世代より上の方は日本の一大イベントの記憶がおありと思います。新幹線、高速道路の整備など、子供心に世の中が変わっていくのを実感しました。多くの家庭でテレビ(当時は白黒ですよ)が普及していきました。家族が小さなテレビの前に集まり、まさに映画「Always 三丁目の夕日」の世界でした。私がよく覚えているのは開閉会式、マラソン、女子バレー(東洋の魔女)、重量挙げ(三宅兄弟)などでしょうか。
マラソンは前回のローマ大会で優勝したエチオピアのアベベ選手が独走で連覇したのですが、2位と3位は熾烈な争いでした。国立競技場に先に入ってきたのは日本の円谷幸吉選手、すぐ後を当時の世界記録保持者イギリスのヒートリー選手が追ってきます。ゴール手前で激しく追い上げられ残念ながら逆転されてしまいました。しかし東京大会の陸上競技で日本選手が獲得した唯一のメダルでした。円谷選手の人柄やその後については沢木耕太郎さんの短編集『敗れざる者たち』(文春文庫)をぜひご覧ください。
今年の観戦チケットは予約できませんでしたが、来年の東京開催がかなうなら、若いころやっていた水球の国際試合を目の前で観てみたいと思っています。 世界中で一日も早くコロナ感染が収まることを願います。
写真は日本水泳連盟「ポセイドンジャパン」のホームページより。
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