その28 土山マラソンに救護斑要員として参加
皆様こんにちは。院長の北川です。
11月2日、土山マラソンに救護班要員として参加し、今回はその模様をお伝えいたします。
ゴールから約50mの医務室(救護室)はコンテナ3個分の仮説事務所のような作りです。その中でにストーブを焚いて周囲にカーテン付きの4床、昨年の反省を踏まえて屋外テント2つ分にシーツのカーテンで仕切ってさらに4床を追加し、さらに病院の救急車も緊急時の処置スペースとして隣に置きました。ここに医師(以下Dr)1名+看護師さん(以下Ns)4名が詰めて万全の体制でした。さらに昨年からは、民間救急会社アンビュランスさんの救急車2台と10名の人員(救急救命士+Ns+運転手)が配置され、自分が参加した10年前に比べAEDの数も大幅に増えていました。またランナー公募とともに有資格者(Dr+Ns+救急救命士)である「メディカルランナー」も登録頂き、その数40名とのことでした。
昨年のように出発前のアップで神社の森に近寄りすぎてスズメバチに刺される方もなく、ウェアで擦れて痛くなる乳頭に貼る絆創膏を「忘れた」と来られる男性方に絆創膏2枚を渡す以外は落ち着いていました。
アップを行うランナーの皆様の胸/背には4桁の数字のゼッケンが見えますが、その丁度真ん中下に、20Ptぐらいの細かいアルファベットで A~G まで自己申告の1kmペースが早い順に記入されランク分けされています。なるほどこの体型の方がAなのかとか、ああこのおじいちゃんGだなとか、密かに楽しめます(失礼)。
当日はほぼ無風で気温20℃。ハーフもフルも約2400名が一斉に10時半スタートの号砲で出発。スタート地点は幅6m程度の普通の道路にて、先ほどのランク分け順に並ばれ、混乱が最小に抑える工夫がなんですね。スタート後はいきなり上り坂の難コースです。
ハーフマラソンのゴール時間までに配られた弁当を車座で摂り、トイレを済ませてそこからの盛り上がりに備えます。
12時を回って最初に来られたのはコース上で嘔吐され倦怠感を訴えている男性、民間救急車が迎えに行き最初の不調者来場です。バイタルは安定、顔面は蒼白。聞けば出走前から嘔気あり、摂取が十分でない中強行して出走したとのこと。なお、中国地方からの参加とんことで、14時のバスに乗って帰らないと今日中に自宅にたどり着けない!と。早めに点滴開始を判断しました。結果、全開での点滴中に再度嘔吐されましたが、嘔吐してすっきりしたとの言を得て抜針、速やかに帰宅の途についていただきました。
その後は足の痙攣がぞくぞく、片側だと独歩で、両足だとストレッチャーで入室です。昨年の教訓を活かして今年は芍薬甘草湯を病院からたんまり持って来ました。痙攣の方には到着後バイタルをチェックしつつストーブでぬる燗にしたOS-1で飲んでいただき、10分ほど体を毛布保温してマッサージなど対処していると、「よくなりました」と立ち去っていかれます。さすがランナー、回復が早い。
お一人中年の女性は両下肢痙攣で搬送されましたが、市販の芍薬甘草湯の錠剤を出走後すでに3回(1日量)を内服したとのことで、追加で服用できず。OS-1、塩タブレットや梅干し摂取で対応しました。点滴している間中、Nsが足関節背屈のテンションをかけ続ける必要があり、それでも「痛い」と訴え続けておられました。
痙攣の他には転倒して肘+膝をすりむいた方が、ゴール後に医務室を訪れました。微温湯洗浄後、軟膏+ガーゼの処置でOKです。
今年は出発後にやや気温が下がりコンディションが良かったようで、不調を訴える方が少なかった印象。最終、約30名超が救護所を利用され点滴は計3名だけ。結果的にはコース上の心停止など、大きな事故はありませんでした。
最も困ったのは救護所を訪れる方々とほぼ同数の「カメムシ」が次々来所されました。逐次養生テープでくっつけたりもしましたが、こちらはよい対策がありませんでした。
レースを終えたランナーの皆様からヒアリングするにつけ、坂道から始まるこの大会はやはり難コースで苦戦された様子をうかがえました。それが癖になる、って方もおられるのでしょうね。来年以降の健闘を祈念してやみません。
以上報告でした。
